伊藤詩織さんの物語ーー勇敢にも日本で著名な男性を性暴力で告発した初めての女性 「ELLE」イタリア版

伊藤詩織さんは、世界で最も男性優位的な社会の一つである日本社会の裏側を暴いてみせた。そして今、彼女の手記がイタリアに到着する。
TEXT by Gabriella Grasso 2021.2.24

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日本人ジャーナリストの伊藤詩織さん ©GETTY IMAGES

2015年4月3日、伊藤詩織さんは、著名なテレビ記者で、安倍晋三元首相とも近い人物である山口敬之と、仕事のオファーについて話し合うため、食事に出かける。山口氏は伊藤さんに酒を、そしておそらくドラッグを飲ませ、ホテルに連れて行き、暴行した。詩織さんは山口氏を告発することを決意したが、それは一人の女性にとって、日本でほとんど革命的ともいえる選択だった。沈黙を拒む女性の歩む道のりが、どれほど苦しみと困難に満ちたものであるかを身をもって知った彼女は、公の場で被害について話すことを決意する。最初は記者会見を開くことによって。それから、本を書くことによって。
彼女の著書は、2017年9月に(日本で)出版された。アメリカで#MeTooムーヴメントが広がる1ヶ月前のことだ。その著書の題名は『Black Box』で、イタリア語に翻訳されたばかりだ。

‐伊藤さんの著書を拝見して、最も印象に残った点の一つに、警察や医師、そしてマスコミからの共感が欠けている点が挙げられます。ここ数年で、被害を通報する被害者たちにとって、状況は変わったのでしょうか?

伊藤詩織さん: 私が本を書いた当時、#MeTooムーヴメントはまだ生まれておらず、私がレイプの被害について公の場で話をしたことは、日本では理解しがたい行動だったのです。それ以来、性犯罪に対する理解は進んでいます。しかし、私の知るところによると、女性は警察に行った際に、相変わらず告発を思い留まらされています。その理由の一つは、日本の司法システムに関係するものです。つまり、警察も司法も、加害者を有罪にするのは難しいことを知っており、捜査をしても時間の無駄だとみなしてしまうのです。
とはいえ、今では各都道府県にレイプクライシスセンターが設置されており 、状況は少しづつ変化してきているといえます。そしてまた、マスコミの姿勢も変化しました。以前は、性犯罪のニュースを扱う記者たちのためのガイドラインが存在し、記者たちは被害者の名前を隠し、「レイプ」を他の言い回しで表現し、ニュースに重要性を与えないようにしなければなりませんでした。

‐名前を隠すのは、被害者保護の一つの形ではないのですか?

伊藤詩織さん: ええ、しかし、「被害者」と形容されてしまうと、まるでその人には人前に出たり、話をしたりする権利がないかのように思われてしまいます。そのような理由から、私は2017年5月に記者会見を開きました。

‐伊藤さんの身に起こった出来事と痛ましいほどよく似た体験を、世界中の大勢の女性たちが味わっています。しかしあなたは、日本の社会は特に閉鎖的で家父長制的であると強調されています。その点について話していただけますか?

伊藤詩織さん: 警察に行くことを決意したとき、これまで自分が生きてきたなかで受けてきた、たくさんのハラスメントのことを思い出しました。つまり、日本の社会のように性差別に染まりきった社会で、若い女性たちの誰もが毎日受けている、ハラスメントについてです。中学生のときには毎日のように痴漢に遭っていました。日本が世界経済フォーラムの「男女格差指数」で、153か国中121位に位置しているのも、偶然ではありません。自分の中でこう考えてしまっているところもあります。もしかすると、日本で女性であるということは、そういうことを意味するのかと。それを受け入れて、前に進むしかないのかと。私が被害を公表したとき、こんなことを言われました。
「もしあなたが本当の日本人であるなら、こんな厄介なことを話しはしなかっただろう。たとえそれが、本当のことだったにしても」
しかし、この状況がどれほど異常なものであるかを認めないのは、危険なことです。その度に、内心、苦痛を感じますから。

‐何があなたを告発へと駆り立てたのですか?

伊藤詩織さん: 私はずっと、ジャーナリストになることを夢見てきました。ですから、もし自分の真実に向き合えないのであれば、この仕事をすることはできないと考えていました。そしてまた、自分自身、生き延びることさえできないと思っていました。人によってそれぞれの対処の仕方があります。たとえば、沈黙を選ぶ人たちもいます。私には真実を突きとめる必要がありました。捜査をし、海外で起こっていることを発見するのが、私にとっての生き延びる方法でした。

‐その間、最もあなたの支えとなった存在は?

伊藤詩織さん: 両親は近くにいてくれましたが、私が公の場で被害について話すことには断固反対していました。両親はその結果どのようなことが起きるかを知っており、私を守りたかったのです。
妹は何年も口をきいてくれませんでした。とても怒っていましたから。被害について公の場で話すことを告げたとき、こう警告されました。
「お姉ちゃんは被害者のレッテルを常に貼られることになり、自分のキャリアを傷つけることになる」
それは本当でした。しかし、妹は自分自身のためにも恐れていたのだと思います。つまり妹は当時まだ高校生で、私の妹だという理由で就職活動に支障がでることを恐れていたのです。私は、自分はすべての女性たちのために、そしてまたあなたのためにも告発するのだということを、妹に説明しようと努力しました。
#MeTooムーヴメントが生れた後、ここ日本でも、声をあげることがどれだけ大切なことか、世間の人たちも気付き始めました。しかし、その変化は海外からもたらされたものです。以前は、日本の記者たちは私の事件を取り上げてはいませんでした。私の事件を扱いたいと思っている記者はたくさんいましたが、彼らはプロデューサーと対立し(報じられませんでした)。日本の記者たちは、「ニューヨーク・タイムズ」が私の事件を取り上げた際に、アメリカ人記者たちの書いた記事を引用することで、私の事件を報じ始めたのです。

‐他の女性たちからはどういったコメントを受け取りましたか?

伊藤詩織さん: 著書を刊行してから最初に受け取ったのが、ある女性からのメールでした。それは、非常に丁寧な言い方でしたが、私が暴力を受けたのは、私の服装や振る舞い、そして私の受けてきたしつけに原因があり、私はそのことを恥ずかしく思わなければならないという論旨のものでした。ショックでした。#MeTooが起こってからたくさんの連帯のメッセージをいただきましたが、それは海外の人たちからのものでした。どうして同じことがが日本では起きないのか、不思議に思いました。そして、世間の人たちは声をあげるのを怖がっているのだということに気づきました。それから私は、誰も声を上げなければ、自分はネガティヴなメッセージを受け取り続けるしかないだろうことを、公の場で説明しました。そんな中、私を支えてくれる人たちもいることを知ったのは、私にとってとても重要なことでした。支援してくれる人たちからメッセージをいただいたり、街で声をかけられるようになりました。
一人の女子高校生から、手紙をもらいました。それは、私の例が、自分にとってどれほど重要かを伝える内容のものでした。しかし彼女は、(ネット上での)私に対する大量の否定的なコメントを読んで恐ろしくなり、自分には私のように声をあげる勇気がないのがわかったということを告白してくれました。そこで私は、ネット上で私を攻撃している人を告発することにしました。また、「女性はいくらでも嘘をつくことができる」などと発言し、私のようなサヴァイヴァーたちに対する運動を始めた女性国会議員(原註 自民党杉田水脈議員)のことも告訴しました。

著書『Black Box』は、刑事事件での起訴を断念するところで閉じられている。彼女は民事訴訟を起こし、裁判所は山口氏に対して3万ドルの損害賠償金を支払う命令を下した。だが、それにもかかわらず…

伊藤詩織さん: しかし、裁判はまだ終わってはいません。山口氏は控訴し、事件は二審で争われることになりました。ですから私はまだ賠償金を受け取ってはいません。また、相手方は反訴し、1億3千万円の賠償金を請求してきました。裁判官たちはそのことについて自分たちの考えを述べるはずです。
しかし、なかでも最も信じられないのは、彼が2020年秋に、私のことを名誉毀損と虚偽告訴で刑事告発してきたことです。私は警察で取調べを受けなければならず、指紋も採られました。相手方の訴えはクリスマスに不起訴となりましたが、犯罪者のように扱われるのは、とてもつらいことでした。こんなことだから、日本でレイプの被害を通報する被害者の割合が、4%にしかならないのです。正直なところ、親友からアドヴァイスを求められたとしても、どう答えていいかわかりません。

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伊藤詩織さん。裁判所の前で。©GETTY IMAGES

‐2019年、日本ではフラワーデモが組織され、日本の人たちがデモで声をあげ始めました。

伊藤詩織さん: その年、レイプを繰り返していた加害者が一審で無罪となる判決が何件も立て続けに下されました。そしてマスコミもついに事件を報じ、女性たちは自分の話を聞いてもらう決意をしました。自分が被害に遭ったとき、私はとても強い孤独を感じていました。誰か、私の受けた被害について話すことのできる相手が、本当に必要だったのです…。
フラワーデモは、一種のグループセラピーのようなものです。参加者たちは一層の権利を求めてデモをしていますが、それと同時に、このデモは、参加者たちが自分たちの経験を共有するために集まる場所でもありました。今まで日本ではこのような集会を見たことがありません。

‐伊藤さんはこの運動で重要な役割を演じていらっしゃるのですか?

伊藤詩織さん: 私自身はデモを組織する人たちの中には加わっていませんが、私は活動家として、また前向きな例として、このデモに(2019年9月に)招かれました。私自身は自分の事件について話すためには、一度も#MeTooハッシュタグを使っていないにも関わらずです。この運動は、日本の法律で「同意」の概念が認められることを要求しています。たとえば私の場合、事件の証拠を考えれば(原註 山口氏に連れて行かれたホテルのカメラは、詩織さんが自力では歩けない状態であったことを明らかにしている。)、事態は違ったふうに展開していたことでしょう。それは重要な点です。法律に関して不合理なのは、一方ではレイプ事件の場合、同意の概念が無視されているのに、他方では、性行為の「同意年齢」が、13歳に定められていることです。

‐「タイム」誌の2020年の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれましたが、このことはあなたにとってどのような意味をもつでしょうか?

私は大坂なおみさんと並んでノミネートされました。大坂さんは、日本人とアフリカ系アメリカ人の双方のルーツを持ち、「ブラック・ライヴズ・マター(黒人の命も無視できない)」運動でも、重要な役割を演じている女性です。ですから今回、その彼女と一緒に選ばれたことは、私にとって非常に名誉なことでした。そして「タイム」誌に自分の名前が載ったことは、私が個人として認められることを意味し、私は単に被害者であるだけの存在ではなく、私は私としてうまくやっていけるのだと知ることができました。

‐それは未来に向けて、プラスとなることでしたか?

伊藤詩織さん: 年を追うごとに、非常に多くの変化が起こっているのを、私はこの目で見てきています。私たちがより安心して暮らすことのできる世界の実現のためには、まだ長い道のりが残されています。それでも私は、そんな世界が実現することを信じています。

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伊藤詩織さんの著書、『Black Box』の表紙 ©COURTESY PHOTO


『Black Box』イタリア語版(翻訳 小澄明日香)は、イナリブックスから刊行されている。本書の刊行は、Marianna Zanettaさんと小澄明日香 さんによる、女性の視点から日本を見つめる、同社の編集企画から実現した。
本書はTurinのイナリブックスの実店舗や、その他の都市の提携書店、そして出版社のサイトで購入可能だ。(原註 本書のタイトル『Black Box』は、事件を担当した検察官が使った表現からとられたもので、目撃者のいない「密室内で起きた出来事」を意味する言葉である。)
(了)

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