伊藤詩織さんロングインタヴュー「出る杭」TEMPURA MAGAZINE Vol.4 2020年冬号

聞き手 Emil Pacha Valencia

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©Kentaro Takahashi

「一時間だけなら!」

伊藤詩織さんは多忙だ。#MeToo ムーヴメントの中心人物となった彼女だが、なにしろ彼女は、メディアでの発言や進行中の複数の訴訟、そしてドキュメンタリー映像作家としての仕事を同時にこなしているのだから。2015年に彼女が受けたレイプ被害は、結局2019年に司法によって認められたが、その事件の余波が今も存在する。しかし、彼女はもう隠れないことにした。
彼女は私たちに一時間だけ時間を割いてくれることになった。セクシャリティについて、有害な男らしさについて、来るべき社会の変化について、そして今後さらに為されるべき仕事について語るために。

「でもインタヴューはキックボクシングの練習の後でお願いします」

言ったように、彼女は多忙だ。
               *

 

-伊藤さんは2017年に被害を公表されましたが、それは偶然にもヨーロッパやアメリカで#MeTooが起こった時期と一致していました。そしてあなたの告発は、日本の女性たちの置かれている状況に、新しい光を投げかけるものでした。この3年間で、状況は変わったのでしょうか?

状況は変化したと思います。特にメディアの中では。私は#MeTooが世界中で広がり始める数ヶ月前に声を上げました。日本では当時、状況は進展しておらず、新聞も性暴力事件や差別の問題を、まったく取り上げていませんでした…。しかし、現在では次第に記者たちもこれらの問題を大きく取り上げようとし、この問題についての議論を生み出そうとしています。
特に昨年(2019年)以来、女性たちが沈黙を破り始め、フラワーデモを始めた女性たちもいます。これは今まで想像もしなかったものです。これまで日本にはこのようなデモは存在しなかったのですから。また、日本の女性たちが自分たちの受けた性暴力について話すために街頭で声を上げるということも、日本ではこれまでなかったことです。この集まりのことをみな「デモ」と呼んでいますが、私はこの集まりを、デモというよりはむしろ、一種のグループセラピーのようなものだと思っています。なぜなら私たちにはこの話を共有する場所がなく、自分たちの話を聴いてくれる人を見つけるのは、とても難しいことだからです。ですからそうですね、人々は声を上げ始め、メディアもその声を聴き始めたといえます。しかし、これは最初の一歩でしかありません。

-次の一歩は法律制定に関するものですか?

日本のレイプに関する法律は1907年に遡り、これは日本が極めて家父長制的な国で、女性たちに発言権のない時代に制定されたものです。それから110年後の2017年にこの法律は改正されましたが、それは不十分なものでした。今では男性のレイプ被害も認められるようになりました。それまでは、男性がレイプの被害に遭うことは想定されていませんでした。110年前の当時は、そのような認識だったのです。 しかし、これは非常に重要な問題なのですが、同意の問題については(改正された法律でも)言及されていませんでした。そして実際においては、いくつもの(不当な)判決により、法律を変えるための運動が引き起こされました。その最初のものは、父親が19歳の実の娘を小学生の頃からレイプしていた事件に関するものです。裁判官たちは、被害者が十分に抵抗しなかったとみなしたのです…。想像できますか?この事件では一審で父親に無罪判決が下り、特にSNS上で憤りの波が起こりました。結局、高裁は父親の有罪性を認めました。そして、この判決は判例となるはずです。フラワーデモと#MeToo、そして日々活動を続けるこれらすべてのグループの影響で、立法者は同意の問題の見直しを検討しています。そして初めて、法改正検討会のメンバーに女性たちが選ばれたのです。ですからそうです、状況は変化しています。そして問題がより目に見える形となった今、私たちはもうそれを、見て見ぬふりすることはできません。

-つまり、どちらかといえば大衆や活動家たちの側から変化はもたらされているようなのですね。しかし、彼らは政治的、制度的なレヴェルで支援を受けることができているのでしょうか?

残念なことに、与党からの支援はありません。どちらかというと与党は保守的ですから。また残念なのは、レイプや性差別の問題は政治的な問題ではないとみなされることです。これは、左派あるいは右派の協議事項についての話ではありません。これは人間の尊厳の問題なのです。つまり誰もが暴力を受けたくないと思っており、政治方針など問題ではないのです。この問題を党派を超えて、よりフラットな仕方で議論してもらえたらと思います。しかし、問題は構造的なものです。日本はまだ非常に家父長制的な、そしてタテ社会の国のままです。麻痺しているのはピラミッド社会の頂点ではなく、むしろその全体なのです。そしてこの家父長制は、学校、メディア、そして家族といったあらゆる場所に根を張っています…。ですから、単に法律を変えたり、新しい国会議員を選んだりすればいいということではありません。つまり、この構造を打ち破るために、教育に関してなされるべき大きな仕事が残されているということです。

-それはつまり、主に学校で行われる教育的な仕事ということですね。

一つ例を挙げます。日本の教育要綱には、教師が出産について教える際には、受精についての段階から教えなければならないことが、はっきりと書かれています…。そして、その出産についての教育は、10歳以前にはなされません。つまりそれは、受精の前に何が起こるかについては話されず、また、性や妊娠の問題には一度も言及されず、そしてそのせいで多くの子供たちが、性教育についての大きな知識の欠如を抱えたまま中学生になることを意味しています。この中学生の年齢というのが、まさに彼らが自分たちの性を発見し始める年頃であるにもかかわらずです。もちろん、この年頃の性的行動は賢く、よく考えられた仕方で導かれなければならないものです。しかし反対に、この問題にふたをし、タブー視してしまうことは、解決にはなりません。性行為について話さないで、どうして例えば、同意や性欲の概念について理解することができるでしょうか?また全く単純に、性病による危険性についてや、性病を防ぐためにコンドームの正しい使い方を知るといった概念を理解できるでしょうか?というのも、性教育とは単に性行為についてだけではなく、男女間の関係、尊敬、共感、そしてお互いの違いを理解することを学ぶものです。要するに、それは私たちの人間性の本質に当たるものなのです。私たちが子供の頃には、単に「気をつける」ように言われるだけでした。それはまるで少し、性的行動が何か危険をもたらすかのような言い方でした。また、学校で性教育を受ける際に、男子と女子とで別々の部屋に分けられたのを覚えています…。このような条件下で、性が相互補足的な、そして対立のない形で構築されることを、どうして理解することができるでしょうか?日本ではこの点に関して、いくつもの大きな欠陥があります。そして、違うことを試みる教師たちは指弾されます。

-戦線を動かすために、行動を起こす団体はあるのですか?

ええ、いくつかの団体が、自分たちの声を聞いてもらうことを始めています。特に、学校に性教育ジェンダーに関する本を贈ることによってです。また最近、一人の大学生が、イラスト入りの性教育教材を印刷したトイレットペーパーの製作の提案をする、スタートアップを開始しました。これらの小さな率先行動は必要なものですが、残念ながら十分ではありません。本当の変化が起きるためには、共同体や家族が性について教え、性教育をタブーにしないという気持ちを持たなければなりません。しかし、日本はまだそのような段階にはありません。

-先ほどあなたは、これらの性教育の面での欠如が、特に性的同意の認識に関しての重大な結果をもたらす可能性があるとおっしゃいましたね。

私は、この適切な性教育を受けていない世代に属しています。2015年にレイプの被害に遭ったとき、私はそのことにどう対処したらいいかわかりませんでした。私はその頃、作家の松野青子さんについての記事を書いていました。特に家父長制と、日本で「おじさん」と呼ばれるものを扱った彼女の本についての記事です。この「おじさん」というのは、訳すのが難しい用語です。というのも、これは特に、年齢区分に必然的に関わりのあるものではなく、むしろメンタリティや文化に関わりのあるものだからです。この青野さんの本は、とても読むのがつらいものです。なぜなら、もしあなたが日本で生活する女性だったら、あなたが日本で生き延びるためには、この性差別的で家父長制的な文化から逃れようと試みるしかないことを、この本はあなたに気付かせるからです。レイプの被害に遭う以前にも、私は電車内やプールで性的暴行の被害に遭っていました。しかしその当時は、誰も私たちに告訴しに行くべきだなどとは言ってくれませんでした。なぜなら、告訴をするためには学校を休まなければならないし、それからどうせ、警察も何もしてくれないだろうと…。そのようなメンタリティは、日常の中に根を下ろしているもの、「普通」のものでした。そして私たちはトラウマを抱えながらも、笑顔で前に進まなければなりませんでした。したがって私はこの「沈黙は普通のこと」というメンタリティをすっかり取り込んでおり、そのメンタリティは、レイプの被害に遭ったときにも、私の中に奥深く根付いていました。そのためレイプの被害に遭ったあと、「しょせん社会なんてこんなものか。でもこれからどうしたらいいの?」と自分の中で考えてしまっている部分もあったほどでした。最終的に私は沈黙しないことを選び、今度は性暴力を見逃さないことにしました。しかし、多くの女性たちがそのことを感じたのは確かです。

-伊藤さんは沈黙を守ることよりも、むしろ行動することを選ばれたのですが、何があなたをそうさせたのですか?

海外での経験が、自分の国を違う視点で見つめさせてくれたのだと思います。そしてその海外での経験のおかげで、他の可能性があることに気づくことができたのだと思います。しかし、子供の頃から日本だけで暮らしていたら、このシステムの中で身動きが取れず、そのためまったく単純に、沈黙するのは普通のことだと結論付けてしまっていたと思います。私は他の人よりも強くなどありません。ただ私は、運良く他のコンテクストに直面することができただけです。そのコンテクストとは、地下鉄内で何も言わず無抵抗で痴漢に遭うのは当然のことではないこと、そしてもちろん、少女がビキニを着ているからといって、公共プールで男性から体を撫で回されるのは当然のことというわけではないというコンテクストです。

-あなたが声を上げた後、たくさんの女性たちが、今度は自分たちが声を上げる番だという力を与えられています。メディアではあなたは常に#MeTooムーヴメントと結びつけて語られ、最近ではタイム誌の世界で最も影響力のある100人に選ばれました。そこで今日、一種の責任のようなものを感じていらっしゃいますか?

私は#MeTooのラベルを貼られましたが、実は私自身は一度もこの言葉を使っていません。私の名前に、たくさんのラベルが貼られました…。しかし、人によってそれぞれ事情は異なると思います。私がこのような行動を取ったからといって、必ずしも私と同じように行動しなければならないとは限りませんし、このような闘いを始めなければならないとは限りません。また私は、自分のように行動することを勧めたくないとさえ思っています。それはとてもつらく、暴力的なことだったからです。最も大切なのは、行動指針を決めることではなく、それよりもむしろ、各人が自分の生き延びる方法を見つけることだと思います。ある人にとって、その方法とは悲しみに暮れることかもしれませんし、またある人にとっては闘うことかもしれません。裁判の後、その判例が将来のケースに影響を持つかもしれません。ですからそうですね、私は気をつけなければなりません。それは一種の責任のようなものです。たとえ、時にはただ叫びたくなったり、胸につかえているものを表現したいと思うことがあるとしても。

-声を上げるのはとてもつらいことだったとおっしゃいますが、あなたはそのことを後悔されているのですか?

そうは思いません。それが私の生き延びる方法でした。しかし、周囲の人たちからのたくさんの圧力を感じていました。特に訴訟を始めたときには。長い間、私は自分の言葉や発言の一つ一つをコントロールしなければなりませんでした。そして何か発言をする度に、脅迫や侮辱の言葉を受け取っていました…。そのせいで、帽子とサングラスなしで外出することさえ怖くなりました。しかしある時、私は単純に以前のように自分らしく生活し、もう変装はやめようと決めました。そしてもしかすると、単純に自分らしく生きることが、もう自分にどんなラベルも貼られないことにつながるのかもしれないと思っています。

-ときにはあなたは朝鮮人だと言われたことさえありました…。

それは侮辱としてまったくナンセンスです!私は今ちょうど川崎から戻ってきたところです。川崎では在日朝鮮人に対するヘイトデモが行われています。2020年のこの時代にもまだこのようなデモが組織されていることが、私には理解できません。それは教育が欠けている結果だと私には思えます。ドイツと違って、私たちは世界大戦後の歴史教育が徹底されていません。そして、日本で増大するネット右翼の数が、そのことを証拠立てています。嘘が大きく拡散されれば、ー私に関するウソの情報も数多くありましたがー 最後には疑念が生み出されます。そして疑念の蓄積は、代替的事実を生み出します。それがフェイクニュースの作用の仕方です。私たちは情報が操作されうる時代、そして事実が簡単に矛盾してしまう時代に生きています。これは恐ろしいことです。

-最近、杉田水脈議員(原注 自民党の議員)が、レイプの問題に関連して、「女性はいくらでもウソをつくことができる」と発言しました。伊藤さんは女性たちから、声を上げたことに対して多くの批判を受けたのでしょうか?

私が本を出したとき、それは#MeTooムーヴメントの真っ只中のことでしたが、最初に受け取ったのが、ある女性からのEメイルでした。それは、私の働きかけを批判する内容のものでした。ショックでした。また私は、今もまだ同じようなメッセージを受け取っています。BBC放送のインタヴューで、杉田水脈さんは、女性として男性社会の中で苦労を味わったことを語っています。質問に答える前に、彼女は長い間を取りました…。それは、見るのがとてもつらい瞬間でした。なぜなら私は知っているからです。彼女が経験したこと、そして彼女が感じたことを。しかし彼女は、違う生き延びる方法を選択しました。そして、彼女は自分自身が作り上げた、そのような人物になったのです。ですから私は、ある意味では理解できます。家父長制的構造はとても強固で、女性たちは、その構造を自分たちの中に取り入れています。そしてそうすることが、彼女たちの生き延びる方法なのです。また、妹が高校を卒業するときにこう言ったのを覚えています。「なんてこと、これで私は女子高校生の純真さを失ってしまうんだ」と。妹が、自分の最良の時代が自分の後ろにあると考えていることに、私はショックを受けました!女らしさはこの少しかわいく無邪気な青春時代によって定義されることや、女らしさは20歳を過ぎれば必然的に失われてしまうという考えを彼女たちは吹き込まれています。そして、そのような考えを彼女たちに吹き込んでいるのは、メディアなのです。そのことは、数え切れないほど多くの女性誌が「モテ」という用語を使っているのを見ればわかります。この用語は「魅力的な、気を引く」と訳すことができるのですが、私はこの用語を見ると、鳥肌が立ってしまいます。「モテファッション」、「モテメイク」というものまであります…。そしてこれらの雑誌は、若い女性たちがモテるためにはどのように振る舞い、オシャレをし、化粧をすればいいかを、彼女たちに教えているつもりでいます。そしてこれらの雑誌が、私たち女性の体に賞味期限を付すことによって、私たちの体の価値を決めているのです。最近ある有名雑誌が、今後はこの「モテ」という言葉を使わない立場を取りました。これは一つの進歩です。

-この永遠の青春、処女性、無邪気さといったものも、たとえばAKB48のようなアイドルグループが褒め称えているものではないのですか?

そうです!しかし誰がこのようなアイドルグループを生み出したのでしょうか?私にはわからないので、ここでは男性たちだということしかできません。プロデューサーの秋元康さんが、グループの歌詞のほとんどを作詞しています。62歳の彼はそのようにして、処女性をどう生きるか、女の子たちが攻撃を受けながらもどのように前進するかといったことを説明しています。AKB48と同じような人気グループが若い女の子たちの世代に対して持つ影響力に、彼は気づいているのでしょうか?彼が最初にプロデュースした1980年代のグループ、おニャン子クラブに、「セーラー服を脱がさないで」というヒット曲があります。歌詞は女子高校生たちの処女性にまつわるもので、処女をどうあっても守ることと、年をとりすぎる前に処女を捧げたいという思いとの間の、いわゆる葛藤を描いたもので、聴いていて怖くなるような歌です。ところでつい最近、AKB48が、元おニャン子クラブのメンバーと共演し、一緒にこの歌を歌ったのです。歌詞よりもさらにショックだったのは、「こんな歌を歌ってはいけないでしょう」と声をあげる人が誰もいなかったことです。こうしてお話ししている今もなお、この信じられない曲が、日本中のラジオから流れているのです。

-家父長制的構造の変化は、日本での「男らしさ」の変化を前提としているように思われますが、伊藤さんはこの変化が若い世代の男性たちによってもたらされるとお考えですか?

状況はゆるやかに変化しています。しかし、ある構造について話をしましょう。先日私は、大学生たちの前で講演をしました。そしてそのうちの多くの学生がどれほど保守的であるかを目の当りにして、ショックを受けました。しかし、この構造の中にきっと組み込まれるに違いないのは、そのように保守的な学生たちなのです!あなたが会社で働いていると仮定しましょう。あなたはその会社の中でなんとか振る舞うことを期待され、ある種の考えを共有し、そしてある種の振る舞いを自分のものとして取り入れることを期待されます…。そして生き延びるために、あなたは最後には、システムにとって不可欠なパーツの一つとなってしまうのです。さもなければ、あなたはシステムによって排除されてしまいます。あなたはこの有害な男らしさを取り入れなければなりません。そうしてあなたは、このシステムの再生産に加わることになるのです。要するに、男性たちにとって好都合な、このシステムの再生産にです。ですから、構造を打破するには一世代だけでは不十分だと思います。

-セクシャリティの問題に戻りたいのですが、あなたが声を上げたときに、性について、つまりプライヴェートなもので、タブーである性についてあなたが話したことに、多くの人たちが衝撃を受けました。このことは、性産業が同じく重要で目に見える形で存在する日本で、逆説的な現象に思われるのですが。

なぜなら性産業は男性たちの視点から作り上げられているからです!それは決して女性たちの視点からは作られていません。女性たちの視点は常に無視されていたのです。しかしそれは、今に始まったことではありません。二十世紀初めの女性作家で、日本で初めての女性による文藝誌を創刊した、平塚らいてうという作家がいます。彼女は妊娠中絶や女性の権利、そして男女不平等についての文章を、数多く書いています。しかし悲しいことに、その当時から現在もあまり状況が変わっていないのを認めざるを得ません。つまり、女性たちは自分のセクシャリティを恥じ、そして男性たちに服従しているものとみなされているのです。つまり、同意の下に行われる性行為の際に女性が「やめて」と言うのは普通のことであり、珍しくもなく、さらには同意のある性行為の際に「いや」と言うことが、女性には期待されてもいるのです。そしてそれは日本のポルノが前面に押し出していることであり、多くの若い子たちが、適切な性教育を受けていないために、ポルノによってセックスを学んでいるのです。私はつきあった男性には自分の性生活や生理について、そして体の変化について話します。もっとも、ときにはそのことで相手がショックを受けることもありますし、私が相手の無知や性差別に気付いた時には、そのことでケンカになることもあります。それでも私は、このようにお互い教えあうべきだと思います。私の友人にも、彼らが既得権と取り違えているこの家父長制システムというとりもちに捉えられ、身動きが取れなくなってしまっている男性たちがいます。そして、そのことに気づくたびに私はいつも驚いています。

-性暴力被害者たちの受け入れに関して、法律や行政のレヴェルで、何か改善された点はありますか?

どちらとも言えません。告訴を望みながらも、警察から追い返される女性たちの話をいまだに耳にします。それでも、以前はレイプは親告罪でしたが、2017年からはそうではなくなりました。またついに、すべての都道府県に性暴力の受け入れセンターが作られました。以前は、すべての都道府県にこのようなセンターがあるわけではありませんでした。モーニングアフターピルに関しても、ピルを薬局で自由に手に入れられるようにするための大きな動きが、ネット上で起りました。というのも、現状では、モーニングアフターピルを手に入れるためには医師の処方箋が必要で、個人情報や、ピルを必要とする理由を提示しなければならないからです。その上、価格も非常に高く、このようなことすべてが、多くの若い女性たちの前に大きな壁として立ちはだかっているのです。ところで、ご存知ですか?日本医師会が-医師会はほぼ男性のみで構成されているのですが-モーニングアフターピルの自由化に反対したことを。信じられますか?中絶の苦しみも、望まない妊娠の苦しみも決して味わうことのない男性たちが反対しているのです。それはさらに、女性の体についてのコントロールを残す方法でもあります。

-チカンの問題が時折ニュースになります。加害者は性的な幻想よりも、相手を支配するため、主張するため、さらに先ほどの話にあったように、女性の体をコントロールするために犯行に及ぶのだとあなたはおっしゃいます。

チカンの加害者たちに、どのようにその標的を選んでいるかを尋ねる、匿名でのアンケートが実施されました。そこでは彼らが、「純情そうな」、「弱々しい様子の」、「自信のなさそうに歩いている」女の子を犯行の対象に選んでいることがわかっています…。最近私は、痴漢行為をする人たちの治療に当たっている男性精神科医を取材しました。そしてその時に、痴漢行為をする人たちは、特に自分たちが会社などで、ある種の克服しがたい支配関係に直面した日に痴漢行為をしているという説明を受けました。もっとも、具体的にどのような支配関係に直面したのか、その男性たちは答えることができませんでしたが。例えばそれは、雇い主や同僚からの支配だったのか…。

-それはつまり、支配の連鎖ということですか?

そう思います。しかし結局、話は性教育の問題に戻ります。自分がどのような人間かを知り、その自分を受け入れるという問題にです。

-もしそれでも今、あなたにラベルを付さなければならないとしたら、それは「活動家」ですか?それとも「ジャーナリスト」ですか?

今朝、私はカフェで仕事をしていました。そこでグレーや黒の同じような背広を着た人たちが通り過ぎてゆくのを目にし、気が滅入りました…。日本語には「出る杭は打たれる」という言い回しがあります。私たちは集団に従い、命令を聞き、世間に波風を立てないようしなければならないと教育され、そして自分を定義するために、必ず自分を型枠にはめ込まなければなりません。しかし、私にはこの概念が受け入れられません。私は伊藤詩織です。私は物語の語り手です。ところで、私はこう思うんです。私は多くの批判を受けましたし、多くの嫌悪を引き起こしましたが、それは、私が誰も話さないだろうことを敢えて話し、自分の個性を発揮することで、型枠にはめ込まれないことを決めたからなのだと。しかし、幸運なことに、私はこのムーヴメントの中で一人ではありません。私はこのムーヴメントに火をつけた、他の数多くの火花のうちの、ひとつにすぎないのです。(了)

伊藤詩織さんの物語ーー勇敢にも日本で著名な男性を性暴力で告発した初めての女性 「ELLE」イタリア版

伊藤詩織さんは、世界で最も男性優位的な社会の一つである日本社会の裏側を暴いてみせた。そして今、彼女の手記がイタリアに到着する。
TEXT by Gabriella Grasso 2021.2.24

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日本人ジャーナリストの伊藤詩織さん ©GETTY IMAGES

2015年4月3日、伊藤詩織さんは、著名なテレビ記者で、安倍晋三元首相とも近い人物である山口敬之と、仕事のオファーについて話し合うため、食事に出かける。山口氏は伊藤さんに酒を、そしておそらくドラッグを飲ませ、ホテルに連れて行き、暴行した。詩織さんは山口氏を告発することを決意したが、それは一人の女性にとって、日本でほとんど革命的ともいえる選択だった。沈黙を拒む女性の歩む道のりが、どれほど苦しみと困難に満ちたものであるかを身をもって知った彼女は、公の場で被害について話すことを決意する。最初は記者会見を開くことによって。それから、本を書くことによって。
彼女の著書は、2017年9月に(日本で)出版された。アメリカで#MeTooムーヴメントが広がる1ヶ月前のことだ。その著書の題名は『Black Box』で、イタリア語に翻訳されたばかりだ。

‐伊藤さんの著書を拝見して、最も印象に残った点の一つに、警察や医師、そしてマスコミからの共感が欠けている点が挙げられます。ここ数年で、被害を通報する被害者たちにとって、状況は変わったのでしょうか?

伊藤詩織さん: 私が本を書いた当時、#MeTooムーヴメントはまだ生まれておらず、私がレイプの被害について公の場で話をしたことは、日本では理解しがたい行動だったのです。それ以来、性犯罪に対する理解は進んでいます。しかし、私の知るところによると、女性は警察に行った際に、相変わらず告発を思い留まらされています。その理由の一つは、日本の司法システムに関係するものです。つまり、警察も司法も、加害者を有罪にするのは難しいことを知っており、捜査をしても時間の無駄だとみなしてしまうのです。
とはいえ、今では各都道府県にレイプクライシスセンターが設置されており 、状況は少しづつ変化してきているといえます。そしてまた、マスコミの姿勢も変化しました。以前は、性犯罪のニュースを扱う記者たちのためのガイドラインが存在し、記者たちは被害者の名前を隠し、「レイプ」を他の言い回しで表現し、ニュースに重要性を与えないようにしなければなりませんでした。

‐名前を隠すのは、被害者保護の一つの形ではないのですか?

伊藤詩織さん: ええ、しかし、「被害者」と形容されてしまうと、まるでその人には人前に出たり、話をしたりする権利がないかのように思われてしまいます。そのような理由から、私は2017年5月に記者会見を開きました。

‐伊藤さんの身に起こった出来事と痛ましいほどよく似た体験を、世界中の大勢の女性たちが味わっています。しかしあなたは、日本の社会は特に閉鎖的で家父長制的であると強調されています。その点について話していただけますか?

伊藤詩織さん: 警察に行くことを決意したとき、これまで自分が生きてきたなかで受けてきた、たくさんのハラスメントのことを思い出しました。つまり、日本の社会のように性差別に染まりきった社会で、若い女性たちの誰もが毎日受けている、ハラスメントについてです。中学生のときには毎日のように痴漢に遭っていました。日本が世界経済フォーラムの「男女格差指数」で、153か国中121位に位置しているのも、偶然ではありません。自分の中でこう考えてしまっているところもあります。もしかすると、日本で女性であるということは、そういうことを意味するのかと。それを受け入れて、前に進むしかないのかと。私が被害を公表したとき、こんなことを言われました。
「もしあなたが本当の日本人であるなら、こんな厄介なことを話しはしなかっただろう。たとえそれが、本当のことだったにしても」
しかし、この状況がどれほど異常なものであるかを認めないのは、危険なことです。その度に、内心、苦痛を感じますから。

‐何があなたを告発へと駆り立てたのですか?

伊藤詩織さん: 私はずっと、ジャーナリストになることを夢見てきました。ですから、もし自分の真実に向き合えないのであれば、この仕事をすることはできないと考えていました。そしてまた、自分自身、生き延びることさえできないと思っていました。人によってそれぞれの対処の仕方があります。たとえば、沈黙を選ぶ人たちもいます。私には真実を突きとめる必要がありました。捜査をし、海外で起こっていることを発見するのが、私にとっての生き延びる方法でした。

‐その間、最もあなたの支えとなった存在は?

伊藤詩織さん: 両親は近くにいてくれましたが、私が公の場で被害について話すことには断固反対していました。両親はその結果どのようなことが起きるかを知っており、私を守りたかったのです。
妹は何年も口をきいてくれませんでした。とても怒っていましたから。被害について公の場で話すことを告げたとき、こう警告されました。
「お姉ちゃんは被害者のレッテルを常に貼られることになり、自分のキャリアを傷つけることになる」
それは本当でした。しかし、妹は自分自身のためにも恐れていたのだと思います。つまり妹は当時まだ高校生で、私の妹だという理由で就職活動に支障がでることを恐れていたのです。私は、自分はすべての女性たちのために、そしてまたあなたのためにも告発するのだということを、妹に説明しようと努力しました。
#MeTooムーヴメントが生れた後、ここ日本でも、声をあげることがどれだけ大切なことか、世間の人たちも気付き始めました。しかし、その変化は海外からもたらされたものです。以前は、日本の記者たちは私の事件を取り上げてはいませんでした。私の事件を扱いたいと思っている記者はたくさんいましたが、彼らはプロデューサーと対立し(報じられませんでした)。日本の記者たちは、「ニューヨーク・タイムズ」が私の事件を取り上げた際に、アメリカ人記者たちの書いた記事を引用することで、私の事件を報じ始めたのです。

‐他の女性たちからはどういったコメントを受け取りましたか?

伊藤詩織さん: 著書を刊行してから最初に受け取ったのが、ある女性からのメールでした。それは、非常に丁寧な言い方でしたが、私が暴力を受けたのは、私の服装や振る舞い、そして私の受けてきたしつけに原因があり、私はそのことを恥ずかしく思わなければならないという論旨のものでした。ショックでした。#MeTooが起こってからたくさんの連帯のメッセージをいただきましたが、それは海外の人たちからのものでした。どうして同じことがが日本では起きないのか、不思議に思いました。そして、世間の人たちは声をあげるのを怖がっているのだということに気づきました。それから私は、誰も声を上げなければ、自分はネガティヴなメッセージを受け取り続けるしかないだろうことを、公の場で説明しました。そんな中、私を支えてくれる人たちもいることを知ったのは、私にとってとても重要なことでした。支援してくれる人たちからメッセージをいただいたり、街で声をかけられるようになりました。
一人の女子高校生から、手紙をもらいました。それは、私の例が、自分にとってどれほど重要かを伝える内容のものでした。しかし彼女は、(ネット上での)私に対する大量の否定的なコメントを読んで恐ろしくなり、自分には私のように声をあげる勇気がないのがわかったということを告白してくれました。そこで私は、ネット上で私を攻撃している人を告発することにしました。また、「女性はいくらでも嘘をつくことができる」などと発言し、私のようなサヴァイヴァーたちに対する運動を始めた女性国会議員(原註 自民党杉田水脈議員)のことも告訴しました。

著書『Black Box』は、刑事事件での起訴を断念するところで閉じられている。彼女は民事訴訟を起こし、裁判所は山口氏に対して3万ドルの損害賠償金を支払う命令を下した。だが、それにもかかわらず…

伊藤詩織さん: しかし、裁判はまだ終わってはいません。山口氏は控訴し、事件は二審で争われることになりました。ですから私はまだ賠償金を受け取ってはいません。また、相手方は反訴し、1億3千万円の賠償金を請求してきました。裁判官たちはそのことについて自分たちの考えを述べるはずです。
しかし、なかでも最も信じられないのは、彼が2020年秋に、私のことを名誉毀損と虚偽告訴で刑事告発してきたことです。私は警察で取調べを受けなければならず、指紋も採られました。相手方の訴えはクリスマスに不起訴となりましたが、犯罪者のように扱われるのは、とてもつらいことでした。こんなことだから、日本でレイプの被害を通報する被害者の割合が、4%にしかならないのです。正直なところ、親友からアドヴァイスを求められたとしても、どう答えていいかわかりません。

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伊藤詩織さん。裁判所の前で。©GETTY IMAGES

‐2019年、日本ではフラワーデモが組織され、日本の人たちがデモで声をあげ始めました。

伊藤詩織さん: その年、レイプを繰り返していた加害者が一審で無罪となる判決が何件も立て続けに下されました。そしてマスコミもついに事件を報じ、女性たちは自分の話を聞いてもらう決意をしました。自分が被害に遭ったとき、私はとても強い孤独を感じていました。誰か、私の受けた被害について話すことのできる相手が、本当に必要だったのです…。
フラワーデモは、一種のグループセラピーのようなものです。参加者たちは一層の権利を求めてデモをしていますが、それと同時に、このデモは、参加者たちが自分たちの経験を共有するために集まる場所でもありました。今まで日本ではこのような集会を見たことがありません。

‐伊藤さんはこの運動で重要な役割を演じていらっしゃるのですか?

伊藤詩織さん: 私自身はデモを組織する人たちの中には加わっていませんが、私は活動家として、また前向きな例として、このデモに(2019年9月に)招かれました。私自身は自分の事件について話すためには、一度も#MeTooハッシュタグを使っていないにも関わらずです。この運動は、日本の法律で「同意」の概念が認められることを要求しています。たとえば私の場合、事件の証拠を考えれば(原註 山口氏に連れて行かれたホテルのカメラは、詩織さんが自力では歩けない状態であったことを明らかにしている。)、事態は違ったふうに展開していたことでしょう。それは重要な点です。法律に関して不合理なのは、一方ではレイプ事件の場合、同意の概念が無視されているのに、他方では、性行為の「同意年齢」が、13歳に定められていることです。

‐「タイム」誌の2020年の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれましたが、このことはあなたにとってどのような意味をもつでしょうか?

私は大坂なおみさんと並んでノミネートされました。大坂さんは、日本人とアフリカ系アメリカ人の双方のルーツを持ち、「ブラック・ライヴズ・マター(黒人の命も無視できない)」運動でも、重要な役割を演じている女性です。ですから今回、その彼女と一緒に選ばれたことは、私にとって非常に名誉なことでした。そして「タイム」誌に自分の名前が載ったことは、私が個人として認められることを意味し、私は単に被害者であるだけの存在ではなく、私は私としてうまくやっていけるのだと知ることができました。

‐それは未来に向けて、プラスとなることでしたか?

伊藤詩織さん: 年を追うごとに、非常に多くの変化が起こっているのを、私はこの目で見てきています。私たちがより安心して暮らすことのできる世界の実現のためには、まだ長い道のりが残されています。それでも私は、そんな世界が実現することを信じています。

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伊藤詩織さんの著書、『Black Box』の表紙 ©COURTESY PHOTO


『Black Box』イタリア語版(翻訳 小澄明日香)は、イナリブックスから刊行されている。本書の刊行は、Marianna Zanettaさんと小澄明日香 さんによる、女性の視点から日本を見つめる、同社の編集企画から実現した。
本書はTurinのイナリブックスの実店舗や、その他の都市の提携書店、そして出版社のサイトで購入可能だ。(原註 本書のタイトル『Black Box』は、事件を担当した検察官が使った表現からとられたもので、目撃者のいない「密室内で起きた出来事」を意味する言葉である。)
(了)

www.elle.com

「伊藤詩織さんはレイプの被害に遭った女性たちのために声を上げた」Pen international

TEXT by Clémence Leleu 2020.10.20

一人称で書かれた『Black Box』のなかで、ジャーナリストである彼女は、日本での性暴力被害者たちの扱いを問い質している。

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©Philippe Picquier

物語は明快で正確なもので、ほとんど外科的といってもいいほどだ。ここに書かれているのは、忘れてしまわないため、そして特に他の人たちが自分と同じ目にあわないために、 著作の中で思い出され、一つにつなぎ合わされ、記録されたいくつもの事実である。

2015年4月3日、ジャーナリストの伊藤詩織さんはホテルの一室で意識を取り戻す。日本のテレビ局TBSの局長、山口敬之から暴行を加えられている最中だった。彼女はその数時間前に、安倍晋三首相の伝記作家でもある山口氏と、ニューヨークでの仕事のポストの取得の方法について話し合うために、レストランで落ち合ったのだった。

2年後、当時28歳の伊藤詩織さんは、著書『Black Box』を出版する。この著作はPicquier社より、フランス語訳が刊行されている。この話は3ヶ月で書き上げられ、この本を書くことは、著者の伊藤詩織さんにとってカタルシス(同種療法)となるもので、著作の中では状況がてきぱきと示された後、レイプ被害に至るまでの一連の出来事が語られている。そしてこの話は、日本での性暴力被害者たちの扱われ方についての、総合的な熟考を示している。

ほかの女性たちのための道を開くこと

伊藤詩織さんは、著書の冒頭で予めこう告げている。
「起こってしまったことは、この本の主題ではない。私が話したいのは未来について、これ以上ほかの被害者が出ないよう取るべき措置について、そして、性暴力の被害者たちが助けを得ることができるように取るべき方法についてだ。私が過去について話すとしたら、それは単に未来について考えるためにすぎない」
というのも伊藤詩織さんは、レイプの被害に遭ったあと、無関心や、さらに支援センター、警察、病院、そしてメディアからの不誠実な対応に直面することになるからだ…。そしてその各所で出会った誰もから、告訴をすれば彼女のキャリアが台無しになると何度も繰り返し言われた。このようなことが彼女を、一人きりで事件の証拠収集に身を投じる状況へと追いやった。
「密室で起こった出来事は第三者には知りようがないと繰り返し聞かされた。検察官はこの状況をブラックボックスと形容した」

変化の兆し

数ヶ月にわたる猛烈な仕事の末、伊藤詩織さんは山口敬之に対する逮捕状を得る。山口氏は滞在中のニューヨークから日本に帰国した際に逮捕されることになっていた。しかし、上層部からの指示で、逮捕は中断されてしまう。
逮捕状が取り消されたあと、この事件は刑事事件では不起訴となったが、伊藤詩織さんは民事での訴訟を起こした。そして2019年12月、東京地裁は山口敬之に対して、330万円の賠償金の支払いを命じる判決を下した。現在ロンドンに住み、その地でドキュメンタリー制作会社を設立した伊藤詩織さんは、レイプの被害に遭った日本の女性たちの、社会でのよりよい受け入れのために闘いを続けている。イギリスのBBC放送は、彼女の話をもとにしたドキュメンタリー番組『暴かれた日本の恥部』を制作し、この番組は2018年に放送された。

伊藤詩織さんの『Black Box』フランス語版(2019年)は、Picquier社より出版されている。(了)

pen-online.com

ミニスカート姿の女子高校生たち 日本の女性尊重の不正確な象徴 Le Monde紙

フェイスブックへのある投稿記事が大きく拡散され、そのことが、あたかも日本が女子高校生たちにとっての自由のモデル国であるかのような錯覚を引き起こしている。この服装が、あらゆる性産業を肥え太らせているというのに。
TEXT by William Audureau 2020.10.13

9月の新学期の始まりに起こった、「クロップ・トップ(へそ出しシャツ)」の問題(訳注: 2020年9月初め、フランス南西部の町の二つの高等学校が、へそ出しシャツやミニスカートを禁止するかのようなポスターを貼りだした。これに反対して、9月14日には多くの女子高校生たちがクロップ・トップやミニスカートを身に着けて登校した)。
幾人かの学校長たちから下品であると判断された、この女性用トップスについての問題をからかうために、ある男性インターネット利用者が、ミニスカート姿の女子高校生の写真を投稿した。日本では若い女性たちが、誘惑的すぎるとみなされるだろう服装をしていても、彼女たちはまったく安全であることを示すために。その男性は、写真に次のようなコメントを付けて投稿した。(参照1)「これが日本の女子高校生たちの制服。日本はこの若い女性たちのレイプをそそのかすような馬鹿な国なのだろうか?俺はそうは思わない。なぜなら全く単純に、日本では短いスカートはレイプの理由となる服装ではないからで、日本人は女性を敬っているからだ」

この投稿は大きな成功を収め、何千ものコメントを集め、何千回もシェアされた。しかし残念なことに、日本についてこの投稿によって指摘されたと思い込まれている事柄は、実際には現実と一致していない。

なぜこれが不正確な反例なのか?

事実、日本はこの投稿文が暗示するような、女性の立場尊重の聖地ではない。

いくつかのサイトで流布した一枚の写真

最初の問題、それは非常に皮肉なものだ。つまりこの写真は、何年も前からいくつかの偏向的なサイトで流布していたのである。本紙は、その足跡を遡ることができる。この写真は、2014年に日本の代替従業員のブログに掲載された。このブログでは、卑猥な写真の中に、テレビゲームの画像から、女子高校生たちの写真のコレクションまでが含まれていた。したがって、日本では制服のスカートに性的な意味を付与することが存在しないわけでは、まったくない。
リヨン第3大学日本学科のJulien Bouvard准教授は、こう言い切る。
「「スカートは性欲を起こさせない中性的な制服で、男性たちの視線に何も思い浮かばせない。なぜならスカートはユニフォームだろうから」というのは、まったくの嘘です。日本にも変質者たちがいますし、ポルノもあります。そしてポルノでは、女子高校生たちの制服が頻繁に扱われています」

日本の、女子高校生たちを性欲の対象化する伝統

ミニスカート姿の女子高校生たちをフェティシシズムの対象化することは、1970年代以来、ポルノグラフィの目録の中で、非常に古典的でありきたりなものでさえある。そしてこの幻想は、制服姿の女子高校生の売春を意味する、「JKビジネス」という産業を生み出した。Nippon.com(参照1)に引用された、東京都の警察の調査によると、2016年には174人の周旋屋が、制服姿の未成年者との料金制デートを客に勧めていたという。
この現象は大きく広がっており、そこで、女子高校生たちを守るための、いくつもの注意喚起キャンペーンが展開された。
「彼女たちが、欲望や極端な性的意味の付与の対象、そして痴漢の的となっていることに皆が気づいています」とJulien Bouvard准教授は強調する。

投稿写真に写っているのとは反対に、女子高校生たちのスカートの丈はもっと長く、多くの場合、脚の下の方まで覆われている。さらに盗撮に対抗するため、日本のスマートフォンは、シャッターを押すときに非常に目立つ音が出るように作られている。マナーモードのときでさえである。
日本文化の専門家であるBouvard准教授は、語気を和らげながらも、最近の“Male gaze”(男性の女性へのまなざし)の後退を指摘する。この、男性の好色な視線は、数多くの文化的創作物に彩りを与えているものだ。
「およそ10年前には、マンガの中では、若い女性たち、若いといっても10代の女性たちですが、そのような女性たちに寄りかかったあけすけな表現が、非常に多く見られたものでした。しかし、現在ではそのような表現はもうできません」

大きな慎重さを持って扱うべき、レイプに関する統計

このフェイスブックへの投稿は、日本では特に女性たちは安全であるだろうことをほのめかしている。特に、性暴力に関しては。日本の公式な数字が、日本が先進国の中で性暴力の発生件数がもっとも少ない国の一つであることを表しているのは確かだ。国連薬物犯罪事務所の調査によると、2016年の人口10万人当たりのレイプの発生件数は、日本が5.6件。フランスが64.1件。そしてスエーデンが190.6件であった。
しかし、日本のこの統計は、明らかに現実を過小評価したものだ。
なぜならまず、日本ではフランスと比べてレイプの定義がより大きく制限されているからだ。例えば、最近まで性器への指や物の挿入はレイプの定義から除外されていた。被害者が驚いて抵抗できない状態や、被害者の無意識状態に付け込んで行われる性的行為が除外されていたのとまったく同じようにである。そして2017年の「ニューズウィーク日本版」の記事(参照2)によると、この日本の公的統計には、20倍の暗数があるだろうという。日本にはタブーの重圧が強く残っている。それだけに「日本では、#MeTooの後にフランスで起こったような、レイプの訴えの急激な増加はなかったのです」とJulien Bouvard準教授は付け加える。
もう一つの理由として、レイプの告訴に当たる警察システムの、構造的抵抗があげられる。プライベートな環境で起こるあらゆる暴力に対して、または証人がいない場合の事件に対して、自白に頼るしかない司法システム。このようなことが、司法の行き詰まりを際立たせている。

著書『Black Box』のなかで、自身のレイプ被害と、日本の司法システムの時代遅れな引っかかりを語った伊藤詩織さん。その伊藤詩織さんによると、警察に助けを求める被害者の割合はわづか4.3%で、被害の訴えの2件に1件しか捜査は行われないという。(了)

(参照1)

(参照2)

(参照3)

日本 亡霊のような家庭内暴力のパンデミックが起こるなか増加する「コロナ離婚」Amnesty International

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TEXT by Suki Chung, East Asia Campaigner at Amnesty International 2020.8.17 

このパンデミックは、すでに困難な状況にあった私の友人の結婚生活にとって、死の口づけとなった。暴力的で独裁的な彼女の夫が、コロナによる緊急事態宣言の出た4月と5月に在宅で働かなくてはならなかった際、彼女は神奈川県の住いで、夫と長い時間を過ごさなければならなかった。

「もういや」と彼女は泣きながら私に言った。彼女は家計の節約について夫と言い争いになった際、夫から脚と背中を蹴られたのだった。彼女は二人の関係を終わらせるための十分な勇気を持ち合わせてはいないが、次第に進む外出緩和措置が、社会と自分の家庭を再び普通の状態に戻してくれるだろうと考えていると語ってくれた。

しかし、普通とは一体何だろうか?

コロナ禍が起る以前、日本の家庭内暴力の被害者たちのための支援機関の数は、16年連続で増加していた。そしてその数は、2019年には最多に達していた。この数ヶ月間のパンデミックがあり、人々は自宅に閉じ込められ、より沢山の女性たちがこれらの支援機関に助けを求めて電話をした。

(日本では)2020年4月だけで、1万3千人以上の女性たちが、家庭内暴力の被害を通報した。この数は、前年の同時期の1.3倍に当る。しかし、家庭内暴力に関するあらゆる統計と同様に、おそらくこの数字は、実際に起こっている事件の数よりも、非常に少なく見積もられていることだろう。なぜなら日本の社会において、特に「家庭の問題」に対して助けを求めることは、常にタブーであるからだ。

日本の有名な男性俳優、坂本真が、家庭内暴力を振るった疑いで、2020年4月に拘留された。彼は、都内の自宅で妻とその母親を暴行したのだという。5月にはテレビで活躍するマーシャル・アーツの専門家、ボビー・オロゴンが、自宅で妻の顔を殴り、拘置所に入れられたことが、新聞各紙の一面で報じられた。暴行は、彼らの三人の子供たちの目の前で行われたようだ。
国連女性機関の行政ディレクターの女性は、この「幽霊パンデミック」のような、隔離による女性への家庭内暴力の、世界的な突然の増加を非難した。

今年に入って、世界中の数百万の女性たちが、家庭内暴力事件を通報している。アメリカで、そして日本や香港、韓国といったアジア地域で、ジェンダーの問題や、女性たちが直面している社会経済的な不平等と結びついた暴力が増加しており、この問題はコロナによってもたらされた重大な結果の中で、最も悲劇的なものの一つに数えられる。
私は香港に住んでいるが、女性のための地元の緊急コールにかけられた家庭内暴力に関する電話の数は、パンデミックが起こった当初(2020年1月から3月)と比べて、2倍に増加している。相談の70%以上が身体的暴力に関するもので、その他は主に、精神的暴力と言葉による暴力とが組み合わさった暴力に関するものだ。

4月に日本のソーシャル・ワーカーの男性が、ネット上で署名を公表した。そして3万人以上の人たちが、東京都知事に対して、住まいのない人たちや、コロナ禍で家庭内暴力から逃れてきた人たちのための緊急避難所の設置を求めた。

「コロナ離婚」という新しい用語が生まれた。この用語は現在、日本のSNS上で隔離中の離婚とカップル間の訴訟のピークについての話をするために、普通に使われている。
しかし、これらの離婚をコロナのせいだけにすることは出来ない。つまりパンデミックによって、私たちの社会での男女不平等の根本的な問題に光が当てられたのである。その問題とは、賃金格差、女性たちが政治的、社会経済的に弱い立場に置かれていること、そして、女性に対する有害な、文化的、社会的な型にはまった物の見方などである。たとえば女性や少女たちは、アメリカでの失業者の数がそのことを示しているように、今回の公衆衛生上の危機に最も関わりのある存在である。アメリカでは数百万人の女性たちが仕事を失っており、女性たちは男性たちよりも高い割合で失業している。
ここ数年東アジアでは、世界的ムーヴメントである#MeTooにより、女性の権利の擁護が再強化された。東アジアでのこのような動きは、自身の性暴力被害を、事件がメディアで報じられた際に公然と証言した韓国のソ・ジヒョンさんや、日本の伊藤詩織さんのような勇気ある女性たちとともに起こった。さらに地域での変化や、性差別や女性に対する暴力についてのより一層の会話を推進する、他の女性たちの例もある。
このような積極的な変化にもかかわらず、現在のコロナによる危機は、達成されるべき目標が山のように残っていることを、私たちに思い起こさせる。

多くの女性たちや少女たちが、指導し、助け合い、人々をより広い意味で支えるために手を取り合っているこのとき、各国の政府には、この不平等なシステムが最終的に取り替えられるように、女性たちを決定のためのプロセスの中心に置くための、より一層の措置を取る義務がある。

まだ新型コロナウィルスに対して有効なワクチンは見つかっていない。しかし、この「幽霊パンデミック」に対する解決策は明白だ。それはつまり、男女の平等は、私たち女性男性各人にとってより安全な未来という観念の、中心に据えられなければならないものだということだ。(了)

www.amnesty.org

「韓国でのポスト#MeTooのフェミニスムの闘い」Slateフランス版 東アジアの#MeToo特集その3

TEXT by Salomé Grouard 2020.7.28

耐え難いものとなった政治的停滞に対するフェミニストたちのデモが、ここ5年間で数多く見られるようになった。そのうちのひとつのデモは、7万人の女性たちを集めた。

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© Jung Yeon-je / AFP


2018年夏、韓国は、史上最大規模の女性たちの集会が開かれる事態に見舞われた。何万人もの女性たちが、隠しカメラの設置者たちに対する処罰が不十分である事を告発するため、4ヶ月に渡って集結した。この、「モルカ(モレ・カメラ(韓国語で「隠しカメラ」)の略語)」は、極小の隠しカメラで、公衆便所やホテル、そして試着室や更衣室、あるいは個人のアパートメントにも設置されていた。これは完全な違法行為であることに加え、撮影された内容は、有料(あるいは無料)のコミュニティーサイトで閲覧できるよう、ネットに流されていた。(2018年)8月、7万人近い女性たちが、「あたしの生活はあんたのポルノじゃない」のスローガンの下に集結した。

市民社会はこれまでも韓国において重要な位置を占めており、この隠しカメラ反対運動は、セクシャルハラスメントに関する最初の試みというわけではない。耐え難いものとなった社会的停滞に対するフェミニスムのデモが、ここ5年間で数多く見られるようになった。韓国女性国体連合(KWAU)の活動家、 Kyungjin Ohさんは、このようなデモは国のDNAの一部をなしていると説明する。
「韓国は日本による統治以来、社会運動の常連となっています。自分たちの基本的権利を得るために、指導者たちと戦わなければならないことを、私たちは知っているのです。フェミニスムとて例外ではありません」

2019年、韓国は世界経済フォーラムジェンダーギャップ指数において、153か国中108位に位置している。韓国はこのリストの最優等生というわけではまったくないが、それでも、2017年から10ほど順位を上げた。そして、これはおそらく、これらのフェミニスム運動の有効性の証なのである。韓国では「モルカ」に反対するデモに倣って、多くのデモが起こっている。しかし、ネット上でこのような運動が見出されることは、これらの女性たちにとってより衝撃的で、安心感を与えられることのようだ。若いフェミニストたちは、どのようにネット上で「性差別をひっくり返すか」を正確に知っていると、Kyungjin Ohさんは説明する。
その好例のひとつに、「Megalian.com」があげられる。このネットコミュニティーは、2015年に、男性同士の集団討議で発せられた、女性蔑視の侮蔑的な言葉にうんざりした女性たちの一団によって作られた。その目的は、自分たちの発した言葉がどれだけ暴力的なものなのかということを男性たちに示すために、彼らにそれと同じ類の性差別的な言葉を課すことである。全く驚くことではないが、「Megalian.com」はすぐに「急進的」とみなされ、コミュニティーのサイトは、13万筆以上を集めた署名運動が原因となって、2017年に閉鎖された。

次第に大きくなっていく運動

しかしそのことは、元「メガリアン」たちがネット上で活動を続けることの妨げとはならなかった。彼女たちはすぐに結果を得た。ソウル在住の25歳の女性、Eunseo Songさんはこう証言する。
「フェミニスムの問題は、Seo Ji-hyun(ソ・ジヒョン)さんが自身の性暴力被害を公然と告発した際の、公の議論の中に、全く立ち戻るのだということに気づきました」
MeTooムーヴメントが世界中で広がっていたころ、Seo Ji-hyun検事は、性暴力サバイバーたちの証言に、自身の証言をつけ加えた。彼女は、元法務大臣原文ママ 正しくは「元検事長」)のAhn Tae-geun(アン・テグン)を告発している。韓国では多くの女性たちが、彼女に一体化した。韓国では、性暴力被害を報告する女性の割合は22%で、その少なさにもかかわらず、国内で報告される性暴力事件の件数は、一時間当たり3.4件にのぼる。Seo Ji-hyunさんの勇気にもかかわらず、Ahn Tae-geun(アン・テグン)は職権乱用で有罪となっただけで、性的暴行では罪に問われていない。彼は1年間服役しただけで、保釈金を払い、釈放された。そして現在、訴訟を起こそうとしている。Seo Ji-hyunさんにとって闘いは続くが、彼女のおかげで沢山の法的、社会的変化が起こった。そして、彼女の行動がきっかけとなって生まれた諸法律により、多くの女性たちが、韓国の社会システムを恐れることなく声を上げることが可能となった。

解放は進む

2019年には、数多くのフェミニスム運動が、その規模を広げた。「4B」と命名された、メガリアンたちの妹分のコミュニティーの場合がそうだ。このコミュニティーには、「Four No's」というコミュニティーも含まれている。この「Four No's」は、デートもセックスもしない、そして結婚せず、男性との間に子供も持たないという女性たちの集まりだ。このコミュニティーの賛同者の一人が、彼女のフラストレーションを説明してくれた。
「今日、女性にとって最も重要視されるのは、夫と嫁ぎ先の家族の世話をする能力のように思われます。私たちの経験、そして仕事や生活は重要視されないのです」
彼女はそうはっきり述べ、次のように付け加えた。
「結婚をするのに、女性である場合、より多くの不利があるのだといつも感じていました」
ハッシュタグ #escapethecorset (あるいは #탈코르셋)もまた、韓国を揺るがした。その目的は、韓国の美の基準から女性たちが解放される手助けをすることだ。SNS上でたくさんの女性たちが、デモのしるしとして、髪を短く切った写真や、破壊した化粧品の写真を投稿した。
この国では、容姿が重要性を持っている。その証拠として、韓国は人口一人当たりの形成外科の数が、世界で最も多い国に数えられる。そして、年間100万件以上の美容整形手術が行われており、19歳から29歳までの女性の3人に1人が整形手術を受けている。2020年には、国内では初となるフェミニスム政党ができるなど、これらの前進によって、多くの女性たちが苦痛から解放されているが、沢山の者たちがこれらの新しい躍動にたいして、強く反発している。

男女間戦争の恐れ

Eunseo Songさんは、韓国社会は、一部の人たちから急進的だとみなされている、「Megalian.com」や「4B」のような運動との釣り合いを見つけることが、なかなかできないでいると言う。
「もし私がフェミニストであることを告げたら、親友たちの反応は喜ばしいものではないでしょう…。韓国のフェミニスムは、「他の」国々の同種の運動よりも急進的とみなされます。そしてそれは、男女間の分裂を生み出す傾向があるのです」
近年、反フェミニスムの運動や党が発展した。「フェミニスムはテロリスムと同等に有害だ」とわめいて。そして、フェミニスムは男女平等の問題ではなく、男性たちに対する憎悪に満ちた暴力的な差別の一形態だとわめいて。リアルメーターの調査によると、20代の韓国人男性の76%、そして30代の韓国人男性の66%が、フェミニスムに反対しているという。
Kyungjin Ohさんは、男性たちがなぜこのような際立った反応を示すのかを知っていると考えている。それはつまり、この国の競争力と、増大する若者の失業率に関連している。
「高校生の70%が大学に進学します。一方では、優秀であることで差別を受け、うんざりしている女性たちがいて、他方では、女性たちを真剣なライヴァルとして見たことが一度もなく、今では女性たちを、就職市場で「自分たちの場所」を奪う存在としてみる男性たちがいます」
それでも彼女は自信を失っていない。目標に到達するには時間がかかるだろうが、彼女は知っているのだ、物事が正しい方向に進んでいることを。(了)

www.slate.fr

「日本で、汚名を着せられるフェミニストたち」Slateフランス版 東アジアの#MeToo特集その2

TEXT by Salomé Grouard  2020.7.24

男女平等に関して後退する国の中で、女性たちは社会的圧力と闘うために、前面に立って闘いをリードしなければならない。

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©Charly Triballeau / AFP


2015年、ジャーナリストの伊藤詩織さんは、元記者で安倍晋三首相に近い人物である男性を性的暴行で訴えた。メディアで大きく報じられた4年にわたる闘いの後、山口氏は性的暴行で有罪とはならなかった。ただ賠償金として、裁判所は山口氏に対して、330万円(約27,000ユーロ)の支払いを命じた。そして、彼の暴行は言葉半ばに認められる形となった。
伊藤詩織さんの物語が日本で大きな反響を呼んだのは、彼女が自身のレイプ被害を公の場で証言した、初めての女性たちのうちの一人だからである。そのことが、なぜこの訴訟に対する反響が彼女にとって恐ろしいものであったかを説明してくれる。彼女は、自身の事件に関して日本中が真っ二つに割れるのを見た。半分が彼女を容赦なく中傷すれば、もう半分は、自分を支えるために他の仕方のなかった伊藤さんに一体化した。

非常に根強く定着した家父長制システム

このようにして伊藤詩織さんは、日本の#MeTooムーヴメントのリーダー的存在となり、多くの女性たちに勇気を与えた。男女間の不平等と闘うことは、歴史的、文化的な家父長システムで知られる社会の中で、非常に難しい任務だ。したがって、東京で働く24歳のタニ・アヤカさんが証言するように、フェミニスムによる女性解放は、日本でなかなか花開かない。
「自分がフェミニストであることを声高には言いたくありません。日本では、世間の人たちはフェミニスムのことを、単に注目を集めたいがために不満を述べるヒステリックな人たちと考えているのです。こんな風に、フェミニスムは「社会の調和」を揺るがすものとはみなされないのです」
男女平等の問題は、常にタニさんの日常的な闘いの一部となったが、彼女は、国内でまったく珍しいものではないある状況を打ち明けてくれた。日本でフェミニストとして一体化することは、実に汚名を着せられたレッテルを貼られることを受け入れることを意味し、社会的、職業的なあらゆる生活様式が、ほとんど不可能になってしまうのである。
25歳の会社員、カイヌマ・ナオミさんは、タニさんの意見を認める。
「日本は非常に伝統的な考えに従っています。そして残念なことに、伝統がしばしば、差別を永続させるために使われているのです」

本当の変化の必要

日本では、フェミニスム、あるいは「フェミニズム」は、憎しみとヒステリーとが一体化した用語である。会話の中でこの言葉が現れた場合、座がしらけ、明瞭な不快感、そして不安全さや敵意に会話が包まれる可能性がある。そして、会話に参加する人たちの性別や年齢区分に関係なく、そうなってしまう。
「人々は、このように今日まで機能してきた国で生活してきました。彼らは物事を変化させる必要を理解していないのです」
カイヌマさんは、そう説明する。しかし、この変化の必要は、極めて重要なものとなっている。
2020年3月、19歳の実の娘をレイプしていた父親に、無罪判決が下った。裁判官は、娘が未成年(原注 日本では20歳で成人と定められている)の性暴力被害者であることを認めながらも、娘は父親に対して身体的に抵抗することが可能であったと、論拠を挙げて主張した。
2019年始め、石川優実さんが、職場でのヒール靴着用強制に反対する運動、#KuTooムーヴメントを生み出した。この運動に答えて、根本匠厚生労働大臣は、職場でのヒール靴は「必要かつ適切」であると説明した。
2018年、日本の最高ランクの医科大学が、入試の際に女子学生の数を減らすために点数操作を行っていたことを認めた。大学の代表者たちは、この点数操作は、女性が高いポストに就くことを制限するための「必要悪」であったと説明した。なぜなら、女性は最初の出産後、「必然的に」仕事を辞めるだろうからというのだ。

2018年2月、ある男性の一団が、地下鉄の女性専用車両に乗り込んだ。彼らは、この種の区別は男性に対する逆差別だと説明した。彼らのこのような主張は、カイヌマさんをこれ以上ないほど激しく苛立たせた。
「日本は、地下鉄内での性的暴行の問題に、気がつかないままでいます。私の知り合いの女性たちのほとんどが、そして私も含めてですが、その被害に遭っています」

社会的圧力の強烈さ

2019年、世界経済フォーラムジェンダーギャップ指数で、日本は153か国中121位に位置している。日本は前年よりも11ほど順位を落としている。そして、これらの問題について進歩させることを目指して取られた諸政策にもかかわらず、日本は再び順位を上げるのに、多くの困難を抱えている。すでに2013年には、安倍晋三首相が男女間の不平等を減らすためのキャンペーンを開始していた。
この、「ウーマノミクス」と命名された計画は、働く女性の割合を増やすのを目的としていた。この働きかけに効果が無かったと言っては、嘘になるだろう。なぜなら、働く女性の割合に関するこの指数は、日本で決してこれほど高くなかったからである(原注 2019年には67%)。残念なことに、安倍首相は数字に専心するあまり、極めて重大な点を忘れている。職場での社会的圧力の問題だ。

母親であることを取るか、仕事を取るか

小酒部さやかさんは、現在43歳である。このフェミニスム活動家は、職場で働く子持ちの女性たちに対するハラスメントの問題に身を投じた。彼女自身も、その被害に遭ったからだ。彼女は「MATernity And HARAssment」のアナグラムである、「マタハラ」という言葉を生み出した。数字が、この問題の重要性を理解する助けとなってくれる。日本人女性の70%近くが、第一子の出産後、仕事を辞めている。なぜなら彼女たちは、母親になる、いわゆる「野心的な」女性たちに向けられる、同僚たちや社会からの敵意に直面しなければならないからだ。小酒部さんはこう説明する。
「私は仕事を失いたくないので、上司に妊娠を隠していました。そして、そのときに最初の流産を経験したのです。私は、二度目の妊娠を上司である部長に報告しました。部長は私の自宅にやってきて、辞職を強要してきました。私は仕事を失いたくないので、それでも働き続けました。そして、部長の訪問から一週間後に(二度目の)流産をしたのです」
子供ができても仕事を辞めたくないという女性たちに対する圧力は、日本でとても大きなものである。小酒部さんは語る。
「上司たちは私のことを、母親であることと働くことを同時に望む、強欲な人間だと言っていました。そして彼ら全員が、「全くの好意で」私にとって最善の助言をしていると考えていたのです」
このようなトラウマとなる体験をした後、彼女は「自分の二度の流産に意味を与える」ことを決意する。任務は果たされた。彼女の強いモチヴェーションと行動によって、2017年からマタハラは法律によって罰せられるようになった。

この変革はひょっとすると、日本人のメンタリティが徐々に変化していることの証拠なのかもしれない。しかしカイヌマさんは、この移り変わりは、多くの人たちにとっては困難なままだと説明する。つまり、女性たちがダブルスタンダードの被害者となっているというのだ。女性たちは家庭内でよく働くことを期待され、またそれだけでなく、職場でも完璧であることを期待されているからだ。

それでも日本人女性たちは、先頭に立って闘うという考えを次第に偏見無く受け入れられるようになってきている。そして、「自立した」女性という概念が、次第に社会の中で姿を現し始めている。カイヌマさんは、こう説明する。
「男性たちは「強い」女性たちが存在することを知っています。ただ、彼らがそのような女性を望んでいないだけなのです」

タニさんは、希望に満ちたままでいる。なぜなら彼女は現在、日本の大新聞で性差別主義を告発する記事を読むことができるからだ。5年前にはまだ、このようなことは不可能だったのである。(了)

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