伊藤詩織さんの肖像――日本でのレイプにまつわる社会の壁を打ち破った日本人女性 FuransuJapon

f:id:StephenDedalus:20210724174552p:plain

TEXT by Benjamin Cabiron 2019.5.19

たとえ日本は世界的技術の最先端を走っているにせよ、その社会は相変わらず保守的で、多くの側面について感じやすいままだ。輿論においてであれ、法律の分野においてであれ、日本はレイプとその一般的扱いに関して、西欧社会と比べて大きく遅れている。2年以来、一人の女性が性暴力、転じてレイプに対して断固とした闘いを続けている。そして彼女は、日本社会での断固たる、そして革命的なこの闘いの象徴的人物となった。これは、日本の自覚を呼び覚まそうとする女性ジャーナリスト、伊藤詩織さんの感動的な物語である。

驚くべき道のり

1989年生まれの伊藤詩織さんは、ニューヨークの大学を卒業した日本人女性ジャーナリストだ。当時、彼女はよく知られた通信社、ロイター通信のためのいくつもの仕事を、アメリカと日本との間でこなした(原文ママ)。アメリカでの学業を終えた後、彼女はジャーナリストとして働くために日本に戻った。彼女は当時26歳で、その先には輝かしい未来が待ち受けていた。
しかしすぐに、ある暗く悲惨な事件によって、彼女の人生は大きく変わってしまう。日本に戻った彼女は、日本のテレビ局の責任者の男性から、ある提案を受ける。この男性は「仕事の提案」について話をするため、まず彼女をレストランに招待した。その時彼女は、自分の経歴をステップアップさせ、尊敬できて力のある組織に入るチャンスをつかんだと思っていた。
食事が供され、何杯かの日本酒を飲んだが、そのあとのことを彼女は何も覚えていない。彼女は知らないホテルの一室で意識を取り戻し、気づくと加害者が彼女の上に覆いかぶさっていた。分析家たちは、彼女がグラスの中に「デイト・レイプ・ドラッグ」を混ぜられたのではないかと疑っている。「デイト・レイプ・ドラッグ」とはすなわち、ガンマヒドロキシ酪酸(l’acide gammahydroxybutyrique)のことで、このドラッグはGHBの略称でより知られている。この合成ドラッグは最初、医療の中でナルコレプシー(居眠り病)のようないくつかの病理学を扱うため、あるいは手術前の麻酔薬として用いられていた。しかしこのドラッグの鎮静剤としての特徴は、およそ20年来、レイプ犯たちによって利用されている。そのことからこのドラッグには「デイト・レイプ・ドラッグ」という不吉な呼び名が付けられている。被害者たちにとって不幸なことに、このドラッグを経口摂取することは非常に容易である。それは、このGHBは液状でプラスチック(またはガラス)の小壜に保管して持ち運ぶことが可能で、また被害者のグラスに苦も無く混入させることができるからだ。
伊藤詩織さんの事件に話を戻すと、捜査員たちは、この種のドラッグの使用を推論することしかできなかった。つまり症状は奇妙にも似通っていて、この種の中毒についての医学的な証拠を与えることはできないというのだ。実際、この種の物質は血中に非常にすぐ消えてしまうといい、数時間もあれば(血中に)完全に溶けてしまう。反抗することも身を守ることもできずにレイプの被害にあった後、彼女は加害者から次のような凍り付くような言葉を囁かれた。
「君は合格だよ」
「パンツくらいお土産にさせてよ」
彼女は自分の覚えていることすべてを、AFPへのインタヴューで語った。

すぐに彼女は、自宅の最寄りの警察署に事件を告訴しに行くことで対処を試みる。警察署で刑事はすぐに、彼女のジャーナリストとしての経歴が傷つくのを避けるため、彼女に告訴しないように勧めた。それから刑事は、このようなことは日本で沢山あることだと説明した。この刑事の言うことは全くの間違いではないが、事件の重大性に対して、まったく言い訳になっていない。事実は不幸にも政治的なものであった。なぜなら加害者は権力に近い人物で、多くの日本の行政府のメンバーに、巨大な影響力を持っていたからだ。加害者の山口敬之は、彼女は性行為の間中同意しており、その行為はレイプではなかったと相変わらず主張した。彼は日本で非常に力があり、また現在の日本の首相とも近い人物であるため、まったく捜査を受けなかった。テレビ局TBSの記者で、安倍晋三首相の伝記作家である加害者とされる男性の主張が正しいとされ、伊藤さんの訴えはすぐに不起訴となった。

たゆまぬ、そして断固たる闘い

それでも彼女は闘いを止めず、訴えを開始した。そしてその結果、捜査が開始された。しかし加害者は司法捜査を受けず、彼に対する逮捕状は警察の上層部によって、すぐに取り消された。そして、当局は事件をもみ消し、あまりうまくないやり方で事件を解決済みにすることで、この事件を忘れさせようとした。
状況は2017年末に急速に悪化する、気の毒な伊藤詩織さんが、被害者としてさえ扱われなかったからだ。またさらに悪いことに、まるで彼女に罪があるかのようにみなされもした。というのも、日本の行政府のただなかに広がったスキャンダルの原因が、彼女にあるというのだ。そして彼女の父親までもが、なぜもっと自分の身を守らなかったのかと、彼女を責めるまでに至った。
要するに、彼女はすぐに、祖国で自分が嫌われ者の立場にいることに気づく。そして同時に、日本(のメディア業界)からは、いかなる仕事も提示することを拒まれた。会社や企業が、力のある彼女の加害者の影響力を受けていたり、彼女のような、社会的スキャンダルに関して責任のある人物を採用することを恐れたりしたためだ。現在、ジャーナリスト兼ドキュメンタリー作家としてロンドンで活動する伊藤詩織さんは、挫けるどころか、移住先のロンドンから、日本社会と、そこで行われている文字通りの腐敗と闘っている。
彼女はロンドンから、日常生活の中で裁きを受けている、非常に多くの日本のレイプ被害者たちの声を聴かせるための闘いに身を捧げることを決意した。彼女は非常に精力的な社会的活動に取り掛かった。そして、数多くのインタヴューをこなし、またさらにいくつかの記者会見を開くことで、発言の機会を増やした。記者会見の場で、彼女は日本の被害者たちが感じていること、そして社会や(病院や警察といった)機構や組織の、この種の仮定のケースの扱い方、またさらに、レイプの被害にあった女性がモーニングアフターピルを手に入れようとするときや、中絶をするための、また単純に、告訴をするための奔走のなかで起こる数多くの問題について、できる限り説明することに専心した。

#WeTooムーヴメント

おそらくみなさんご存じのことだと思うが、2006年に Tarana Burkeさんは、性暴力の被害者たち、より正確に言うと、恵まれない地区の被害者たちを支援するための、彼女の最初の運動を始めた。今日、#MeTooムーヴメントは世界中に広がり、2017年10月5日にハリウッドの映画業界を巻き添えにしたワインスタインの事件によって再燃した。現在、このハッシュタグのもとに集まった女性たちの証言の総数は、信じられないほど多いものになり、それにより、世界中の市民たちの意識が揺さぶられた。これは、世界中の非常に異なる様々な社会で起こったセクシャルハラスメントについての真の自覚であり、運動は大きな成功を収めた。
同様の観点で、伊藤詩織さんは#WeTooを創設することにした。これは、国際的社会運動#MeTooに相当する日本の言葉だ。日本は当初、この新しい運動に対して聞く耳を持たなかった。この種の発議に反対する保守的な人物たちや、復讐を恐れる女性たちがいたためだ。伊藤さんによると、司法も警察も性暴力の被害者たちを支援してくれず、状況は現在も未だ複雑なままだという。
彼女の意見によると、効果的な変化が起こるために、日本の司法システムを全体性において変え、また、日本に住む人たちのメンタリティーを変化させたほうがいいという。社会において被害者たちは、そのような存在、つまり、トラウマになるような暴行を受けた人たちであろうとは認識されない。さらに悪いことに、世間の人たちはほとんどの場合、伊藤さんが一般大衆の前で明かしたショッキングな言葉よりはむしろ、彼女がこの種のタブーとなっているであろう話題について公然と発言したことに、より衝撃を受けたのである。一般に、彼女はこのスキャンダルのあいだ、彼女を指弾する内容のメッセージを受け取っていた。そのメッセージとは、なぜ最初彼女は加害者と酒を飲むことを受け入れたのか、またさらに、なぜ反抗し身を守ることができなかったのかと尋ねる内容のものだった。世間の人たちは、彼女が知らないうちにドラッグを摂取させられたという事件の詳細と内容とを知っていた。しかし全体として、彼女の同胞たちは耳を塞いだままでいた。

f:id:StephenDedalus:20210724174731p:plain

日本中を震撼させる闘い

事件が起こったのは2015年4月だが、実際に事態が動き始めたのは、事件をメディアにのせることによって新しい展開を得た、2017年4月のことであった。最初の記者会見を通して、彼女はあらゆる手段を使って彼女に告訴をあきらめさせようとしていた警察の、臆病な態度を告発した。警官たちから受けさせられたレイプの場面の再現もトラウマとなるもので、おそらく彼女を傷つけさせようとするものであった。このレイプの場面の再現は、事件の全体を通して、不健全で衝撃的なものを表象している。記者会見の数か月後、2017年10月に、彼女は『Black Box』と題する物語を出版した。著作はフランスでも出版され、ほかのいくつもの国でも翻訳されている。(著書の中で)彼女は、社会の無理解について語っている。それは、近しい人たちや司法、そして(警察や病院といった)日本の機構や組織に関してであったり、またさらに、彼女が事件を社会の前面に押し出して以来、大量に送られてきたヘイトメッセージや死の脅迫のメッセージについてであったりする。
幸運なことに、彼女の活動はいくつかの成功を見た。彼女の闘いは、レイプに関する日本の法律の改正を可能にした。そして数多くの反響が世界中で、また日本の社会を通しても同様に聞かれた。いくつもの証言が生まれ、たくさんの支援者たちが現れたのだ。また彼女はその著作で、2018年に自由報道協会賞を受賞した。さらに現在彼女は、カルヴァン・クラインのアジアの女性たちに捧げられたキャンペーンの一環として、このブランドのイメージキャラクターとなった。しかし、これらの小さな勝利を得た後でさえ、彼女は、日本の法律は常に、あまりにも多くの制限を受けていると考えている。そしてレイプの被害者たち、より一般に、性的暴行の被害者たちのための保護プログラムが存在しないことを、彼女は残念に思っている。

日本社会を改革すること

日本の司法の無為によって、数多くの問題に光が当てられ、そしてこれらの問題はますます悪く言われている。それでも日本の司法システムは、「容疑者に対して「No」という意思が明確に表現され、聞かれる」ことを、ぜひとも必要としている。しかしスウェーデンで行われた調査では、レイプの被害者たちの70%以上が、加害者に抵抗できないことが証明されている。精神的、肉体的に麻痺状態になるためだ。伊藤さんの事件の場合、状況はもっとひどい。麻酔効果があり、体を麻痺させるドラッグの使用があったからだ。日本の文化では、苦しみのうちに沈黙することは高貴なことだとみなされる。2017年に日本政府によって実施された調査よると、司法の前で証言するレイプ被害者の割合は、せいぜい4%強だという。それはつまり、性暴力の被害を訴えることは、文字通りのタブーだということだ。そして、被害者の圧倒的多数は女性である。
しかし、伊藤さんが被害について明かしたことで、変化への道が開かれた。以前は、日本のテレビのスタジオで、「レイプ」という言葉が使われるのは非常に稀だったが、今は使われるようになり、それが以前とは変わった点だと彼女は説明する。ここで私たちは、財務省高官を巻き添えにしたセクハラ事件を例に引くことができる。この高官は、2018年4月に辞職しなければならなかった。この事件はメディアで大きく報じられた。そして事件が大きく報じられたことは、この事件から生じた、社会の変化の兆しの結果とみなすことができる。

2019年夏に伊藤詩織さんは日本に戻り、加害者と(法廷で)再会する。刑事事件は公式に終ってしまったが、民事では係争中だ。残念ながら、彼女に永久に傷跡を残した加害者を有罪にさせるチャンスは、ほとんどない。さらに、加害者は彼女に名誉棄損で100万ドルの賠償金を要求し、趨勢をひっくり返そうとしている。
現在ロンドンに住む伊藤詩織さんは、いつの日か祖国に戻って暮らすことを望んでいる…。(了)

furansujapon.com