レイプされ、否認される。伊藤詩織さんの二重の苦しみ AFP通信

TEXT by Loïc Bennin 2019.5.19

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2019年4月16日、パリでAFP通信の取材に応じる伊藤詩織さん。©Thomas SAMSON

「私の家族、私の国、そして私の仕事」…勇敢にも加害者を告発し、硬直化した日本社会に立ち向かったことで、伊藤詩織さんはそのすべてを失った。今ではフランス語に翻訳されている著書の中で、彼女は自身の闘いを語っている。性暴力について口をつぐむことを選ぶ国で、社会的自殺を意味する彼女の闘いを。

2015年4月の始め、当時26歳で学業を終えて働き始めたばかりの伊藤詩織さんは、日本のテレビ局の責任者の男性から、仕事のオファーについて話をするため食事に誘われた。このとき彼女は自分の運を信じていた。彼女は酒を飲んだことは覚えているが、そこからホテルの一室で目覚めるまでの記憶が欠落している。そして目覚めたとき、加害者が彼女の上におい被さっていた。これらの症状は、知らない間にグラスに入れられたであろう「デートレイプドラッグ」の影響をはっきりと示しているが、そのことを医学的に証明することは一切できなかった。この類のドラッグはすぐに体外に排出され、血液中に残らないからだ。行為を終えた後、加害者は「君は合格だよ」と言い、そして、「パンツぐらいおみやげにさせてよ」と言ったと、彼女は私たちとのインタビューで語った。「このような事件はよくあること」東京の警察署の捜査員は、彼女に被害届を出さないように勧めて、こう反駁した。被害届を出せば、彼女のジャーナリストとしてのキャリアが 「台無し」になるだろうというのだ。加害者は権力に近く、影響力のある人間だと彼女は繰返し聞かされた。彼女の説明によると、最終的に捜査は開始されたが、容疑者の逮捕状は警察組織のトップの人間の手により、最後の最後で無効となったという。裁判所はこれ以上彼女に取り合ってはくれない。事件は不起訴となっており、事件を否認するこの加害者は一度も訴追されていないからだ。世間の人たちは伊藤詩織さんを「被害者」として認めない。そして、彼女にも咎められるべき点があるとみなしている。彼女の父親までもが、「なぜお前は加害者に対してもっと怒りを持たないのか」と彼女を非難したという。生まれ育った日本で抑圧され、のけ者にされ、もはや仕事を見つけるためのいかなる可能性もなくなった彼女はロンドンに移住し、現在はその地で、ジャーナリスト兼ドキュメンタリー映画監督として働いている。「レイプ被害の後に起こったことに、私はまったく打ちのめされてしまいました」彼女はそう要約する。

社会的自殺

伊藤詩織さんは闘った。「彼らからは、それは不可能だと言われました。しかし結局、それは可能だったのです」これが彼女が著書の中で語っている闘いである。この著作はすでに日本と韓国で出版されており、スウェーデン語にも翻訳される予定だ。そして今日、『Black Box』のタイトルでフランス語に翻訳されている。「担当の検察官からは、「これは密室で起きた出来事で、ブラックボックスなのだ」と説明された。私はこのブラックボックスを解明することにすべての力を注いだ。しかし、このブラック・ボックスを開けようとすればするほど、捜査の過程や日本の司法システムの中に、いくつもの新たなブラックボックスが入り組んだ形で存在することに、私は気づいた」彼女はそう記している。日本の司法システムでは、「拒否の意思が被疑者に明確に伝わったかどうか」が(裁判の際に)他の国に増して求められる。しかし、スウェーデンでのある調査では、レイプ被害者の70%が(恐怖で)動けなくなってしまい、加害者に抵抗できなくなることがわかっている。そしてドラッグが使われた場合、被害者が抵抗できなくなる可能性はさらに高まる。司法が動いてくれない現状を前にして、「事態を前進させるための唯一の方法は、自分の経験してきたことを公表することでした」伊藤詩織さんはそう語る。彼女は2017年5月29日に記者会見を開き、同年10月に著書を出版した。「私は沢山の侮辱や脅迫を受けました。しかし、最もショックを受けたのは女性たちからの手紙でした。それは丁寧な言い方ではありましたが、私が被害を明かしたことがどれほど恥ずかしいことで、もしそれが本当だったとしても、そのように振舞うべきではなかったという内容のものでした」彼女はこう説明する。「日本の文化では、沈黙のうちに苦しむことは気高いことだとみなされるのです」このことは次の事実によって説明される。2017年に実施された日本政府の調査によると、警察に被害を報告するレイプ被害者の割合はわずか2.8%でしかないからだ。沈黙の掟を破ることは、伊藤詩織さんにとって社会的自殺を意味した。こみ上げてくる感情から、かすれてか細くなった声で、彼女は自身が失ったものを並べた。「私は祖国、仕事、そして家族を失いました。しかし、誰かがそれをしなければならなかったのです」

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©Thomas SAMSON

生きる権利

彼女の告発と、それと同時期に起こった#MeTooムーブメントによって、変化の道が開かれた。「少なくとも今ではそのことについて話されますが、以前は日本で「レイプ」という言葉を口にすることはほとんど不可能だったのです」彼女はこう考える。例えば2018年4月に日本の財務省高官によるセクハラ事件が起こり、この高官は辞職しなければならなかった。この国では珍しいことに、この事件はメディアで大きく取り上げられた。しかし、被害者たちは常に社会から排斥されている。「世間の人たちは、被害者は笑顔を見せるものではなく、泣いていなければならないといった、型にはまった物の見方を常に持っています。私は記者会見のときに、リクルートスーツを着ていくよう言われました。しかし、私は嫌だと言いました。なぜなら、被害者のための服装など存在しないからです」そのことを証明するために、伊藤詩織さんはCalvin Kleinのコマーシャル・ビデオの撮影を承諾した。高潔で慎しみ深い映像の中、彼女は水着姿でクリップに登場している。しかし、それでもやはり、このことに対して「恐ろしい反応」が起こった。「もし彼女がレイプの被害者だったら、こんなことはできない」と彼女は非難されたのだ。彼女はこう答える。「私には生きる権利があることを、彼らに示さなければならなかったのです」。

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この夏、伊藤詩織さんは加害者と日本(の法廷)で再会する。というのも、彼女の事件は刑事裁判では不起訴となったが、民事での裁判が開かれるからだ。彼女はすすり泣きのなか、こう語った。「(加害者と対面したとき)自分の身体がどう反応するのかはわかりません。私は生き延びています。しかし、被害の記憶が消えることは決してありません。あの夜の光景が、今でも夢に現れるのです」(了)

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